毎日100円を握って、神社へ通っていた。勝てるようになるまでの地獄と、老相場師に教わったこと

講座を終えたあなたへ

毎日100円を握って、神社へ通っていた。

勝てるようになるまでの地獄と、老相場師に教わったこと。

今でこそ、人様の売買を指導する立場になって16年が経ちました。毎月レポートを書き、受講者の売買記録を見て、判断のズレを指摘する。それが今の私の仕事です。

ですが、最初からそうだったわけではありません。勝てるようになるまでの私は、はっきり言って地獄を見ています。今日は、その話を包み隠さず書きます。講座を終えたばかりのあなたに、どうしても読んでおいてほしい話だからです。

01

相場で、壊れた

相場でやられました。それも、少し負けたという話ではありません。「自分は相場を読める」という思い上がりのまま売買を続け、気づけば高級車が買えるほどの金額を失っていました。最後は、母親の障害者年金に手をつける寸前まで追い込まれました。それだけは絶対にしてはいけないと思っていたのに、あと一歩のところまで来ていたのです。

翌日の仕事に響かないよう布団に入る。けれど眠れない。あの銘柄はどうなったか、これも確認しておこうと起き出して、気づけば朝まで机に向かっている。そんな夜が、何度も何度も続きました。

人は追い詰められると賢くなる、というのは嘘です。実際は逆で、選択肢が消え、視野が狭くなり、昨日まで普通にできていた判断すらできなくなります。知識も足りない、お金もない、自信もない、何をどう努力すればいいのかも分からない。残っていたのは、惨めさだけでした。

02

毎日100円を握って、神社へ

そんな私が毎日やっていたことがあります。100円玉を一枚握りしめて、神社へ行くことです。

賽銭箱に100円を入れて、手を合わせて、帰る。翌日も行く。その翌日も行く。それで口座の残高が増えるわけでも、不安が消えるわけでもありません。今こうして書くと滑稽に見えるでしょうし、情けない話だとも思います。ですが当時の私には、それ以外にできることが何ひとつ思いつかなかったのです。

あれは希望というより、祈るしかなくなった人間の習慣でした。

自分で何かを変える力が、もう残っていなかった。人は、そこまで落ちるのです。

03

相場の神様と呼ばれた、老相場師

ところが、見かねた人がいたのだと思います。私の状況を知っていた知人が、伝手をたどって、ある人物に引き合わせてくれました。相場の世界で「神様」と呼ばれていた、老相場師です。

初めて会ったとき、私は何から話せばいいのかも分かりませんでした。どれだけ負けたのか、なぜ負けたのか、自分でも整理がついていなかったからです。それでも老師は急かしませんでした。ただ静かに、私が口を開くのを待っていてくれました。

毎日100円を握って神社に通っていた人間が、相場の神様の前に座っている。大げさに聞こえるかもしれませんが、私にとってはあの日が、相場人生の向きが変わった日です。

相場は「当てるもの」ではなかった

それまでの私は、相場を当てるものだと思い込んでいました。上がるか、下がるか。どこで入れば儲かるのか。何を知れば勝てるのか。どの手法が優れているのか。頭の中は、いつもそればかりでした。老師から教わったのは、まるで違う世界でした。

相場は当てるものではない。チャートの向こう側には、売り買いしている人間がいる。

その人たちが、どこで欲を膨らませ、どこで恐怖に駆られて投げ、どこで我慢して持ち続け、どこで新しく買いに入ってきたのか。値動きの奥にある、その心理と需給を読む。そして、そこに表れた事実に従って対応する。

この考え方に触れたとき、頭の中で何かがひっくり返りました。私は未来を当てようとして壊れていたのです。本当に見るべきだったのは未来ではなく、いまチャートの上で何が起きているかでした。誰が苦しんでいて、誰が投げていて、誰がまだ持っていて、誰が入ってきているのか。その事実を見ずに、私は自分の願望ばかりを見ていたのです。

勝てなかった理由は、才能がないからでも、情報が足りないからでもありませんでした。見ている場所が、最初から間違っていた。それだけのことでした。

04

分かっていても、すぐには変われなかった

ここで「その日から勝てるようになりました」と書ければ格好がつくのですが、現実はそうはいきませんでした。

頭では分かった。それなのに、損切りは自分を否定することだという感覚が、2年近く抜けませんでした。いざ売買の場面になると体が固まり、指が動かない。分かっているのに、できない。そんな自分が情けなくて、また夜中に机に向かいました。

それでも、やめずに続けたことがあります。チャートを開き、そこにいる参加者の心理を読み解くことです。この横ばいで売っているのは誰か。まだ売られていないのか、もう崩れたのか。上に抜けた日に飛びついたのは誰で、その人たちはどこで耐えきれなくなるのか。一枚ずつ、一日ずつ、ひたすらそれを繰り返しました。

派手なことは何もしていません。秘密の手法を手に入れたわけでも、特別な情報網を持ったわけでもない。やったのは、地道にチャートと向き合い、その向こうにいる人間の心理を読むことだけです。それを続けるうちに、願望より価格の事実を優先できるようになり、損切りで体が固まることもなくなっていきました。思考の骨組みが、一本ずつ組み替わっていったのです。

05

講座を終えたあなたへ

ここまで読んでくださったあなたは、先日の講座で、超トレンドフォロー戦略の売買ルールに触れたばかりだと思います。そして今、こんなことを感じていないでしょうか。

ルールの意味は分かった。けれど、実際のチャートを前にすると、手が止まりそうな気がする。

本当にこれで合っているのか自信がない。結局、自分には無理なのではないか。もしそう感じているなら、安心してください。それは、老師に出会った直後の私と、まったく同じ場所です。

分かったのに、できない。あの感覚は、あなたの才能や性格の問題ではありません。見方を知った人間が、それを自分の手で使えるようになるまでに、必ず通る段階なのです。そして、ここからが一番伝えたいことです。

06

やることは、地道。だから、あなたにもできる。

私が地獄から抜け出せたのは、特別な人間だったからではありません。100円を握って神社に通うしかなかった、ごく普通の、むしろ壊れかけた人間でした。そんな私でも変われたのは、やることがはっきりしていたからです。

チャートから、参加者の心理を読み解く

  1. 売られていないのか
  2. 買われ始めたのか
  3. 崩れたのか

その事実を見て、決めたルールどおりに対応する。やることは、これだけです。

地道な作業です。ですが、地道であるということは、繰り返せば誰でも確実に上達するということでもあります。相場を当てる力は、いくら努力しても身につきません。未来は誰にも分からないからです。けれど、チャートに表れた事実を読む力は、正しいやり方で反復すれば、必ず鍛えられます。私自身がそうでしたし、この16年で指導してきた受講者たちも、同じ道を通って変わっていきました。

あなたはもう、入口に立っています。売買ルールを手にし、チャートの見方を一度体験した。ゼロから手探りで、神社に通うしかなかった頃の私より、はるかに有利な位置にいます。あとは、その見方を、迷わず使える腕前に変えていくだけです。

そして、その段階を一人で越えるのは難しい。私が老師に出会えたように、あなたの判断を見て、ズレを指摘してくれる存在がいるかどうかで、かかる年月はまったく変わります。私が2年かかったところを、あなたにはもっと短く越えてほしい。それが、今の私が指導を続けている理由です。

07

ここから先は、「鍛える」番です

講座で手にしたルールを、本当に使える腕前に変えるための場として、投資力養成プログラム3.0をご用意しています。月々の課題でチャートを読み、あなたの判断を私が見て、ズレがあれば指摘する。実践投資家AI参謀が、あなた専属のトレーナーとして日々の疑問に応える。見る、判断する、指摘を受ける、もう一度やる。それを繰り返していく場です。

毎日100円を握って神社に行くしかなかった人間が、今こうして書いています。だから、今のあなたの迷いも、手が止まる感覚も、私には分かります。その先にある景色まで、一緒に進みましょう。

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※本記事は投資に関する一般的な考え方をお伝えするもので、特定の銘柄の売買を推奨するものではありません。投資の成果を保証するものではありません。